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【アイザック・ニュートン:光の分解】
白い光は「混ぜもの」だった

獲得EXP:波動論 +200

<ニュートン ステータス:暗い部屋でプリズムを回し中
今日
アイザック・ニュートン
部屋を真っ暗にして、窓の板戸に小さな穴をあけた
21:02
……何してるんですか
21:02
アイザック・ニュートン
差しこんだ日の光をプリズムに通して、向かいの壁に映した。これがその図だ
21:03
暗い部屋の模式図:板戸の丸い穴から入った日の光がプリズムを通り、向かいの壁に縦長の色の帯として映る 板戸の穴プリズム壁:縦長の色の帯(模式図)
21:03
虹色! きれいですね
21:04
アイザック・ニュートン
きれいなのは分かっている。問題は形だ。丸い穴から入れたのに、帯の長さが幅の5倍ほどある
21:04
そこですか
21:05
アイザック・ニュートン
そこだ。釣り合わなさすぎて、気になって仕方がない
21:05

トークの中身:暗い部屋・板戸の穴・縦長の帯⑧⑨、長さが幅の約5倍⑧。

ニュートンの3つの冒険

このページは、ニュートンの3つの発見のうち1つ目(光の分解)です。2つ目は「万有引力と運動の3法則」、3つ目は「微積分」のページにあります。

  1. ①光の分解(プリズムで白い光を色に分けた)このページ
  2. ②万有引力と運動の3法則(リンゴと月を同じ法則で説明した)
  3. ③微積分(「変化」を書く言葉を作った)
このクエストの問い

白い光をプリズムに通すと、色が出てくる。それは「プリズムが光に色をつけた」のか、「白い光にもともと色が入っていた」のか。
ニュートンは、どうやって見分けたのか?

この冒険の前提:ここまでに分かっていたこと/まだ分かっていなかったこと
先人
分かっていたこと
でも、ここはまだ
デカルト(1637年)
虹は、丸い水滴の中で光が屈折し、反射してできる。虹の角度(約42度)まで計算で出し、水を入れたフラスコで虹を作って確かめた⑩
色そのものは「白い光が、物を通るあいだに変えられて生まれる」と考えていた⑨
フック
色は、光の「波打ち(パルス)」がゆがんだもの⑨
なぜ白い光から色が出てくるのかは、決め手がないまま

WHEN | 時代背景大火のあとの江戸、ペストと大火のロンドン

ニュートンが光の実験を始めたのは1660年代の後半です。ロンドンではペストが流行し、記録に残る死者だけで約6万8千人。翌年には大火が街を焼きました⑲。その少し前、江戸も明暦の大火で街の大半を失っています⑳。東と西で、大きな都が焼けた時代でした。

年
世界
ニュートン
日本
1637
デカルトが『気象学』で、虹を水滴の屈折と反射で説明⑩
1643
1月、イングランドのウールスソープに生まれる①
1657
明暦の大火。江戸の大半が焼け、死者は3万〜10万人とされる⑳
1665
ロンドンでペストが大流行。記録上の死者約6万8千人⑲
夏、ペストでケンブリッジ大学が閉鎖。実家へ①
1666
9月、ロンドン大火⑲
はじめ、プリズムの実験を始める⑧同じ年
1672
2月、光と色の論文が王立協会の雑誌に載る②
1690
ホイヘンスが『光についての論考』で「光は波」と説く⑫
1704
『光学』を出版①
1720
将軍吉宗が、キリスト教に関係のない漢訳の洋書の輸入を認める㉒

光の研究がイングランドで一冊の本になった1704年、日本では西洋の本の輸入がまだ厳しく制限されていました。キリスト教に関係のない本に限って扉が開くのは、その16年後です㉒。

では、暗い部屋でプリズムを回していた青年は、どんな人生を歩んだのか?

WHO | 挑戦者農家の少年から、造幣局の長官へ

アイザック・ニュートンの人物画

父は彼が生まれる前に亡くなり、母は再婚して家を出ました。少年は祖父母のもとで育ちます①。大学では、本を読んで独学で数学を身につけました①。光・重力・微積分の種がそろったのは、ペストで大学が閉まった2年弱です①。後半生は、議員、造幣局の長官、王立協会の会長と、研究室の外の世界でも大きな存在になっていきます①⑤。

主な成果 転落・対立の節目

  1. ウールスソープ 1643〜1661
  2. 16430歳生まれる。父は誕生前に死去①
  3. 1645ごろ2歳母が再婚し、祖父母に預けられる①
  4. 1655ごろ12歳グランサムの寄宿学校へ①
  5. ケンブリッジ 1661〜1696
  6. 166118歳トリニティ・カレッジに入学①
  7. 166421歳デカルトやウォリスの本で、数学を独学①
  8. 1665〜6722〜24歳ペストで大学が閉鎖。実家で過ごす(驚異の年)①成果
  9. 166825歳鏡を使う反射望遠鏡を自作②成果
  10. 166926歳ルーカス教授職に就く①
  11. 167229歳王立協会フェローに。光の論文を発表②成果
  12. 168744歳『プリンキピア』を出版①④成果
  13. 168946歳名誉革命のあとの議会に、大学の代表として選ばれる⑤
  14. 169350歳心身の不調。友人に疑いをぶつける手紙を書き、のちに詫びる⑥転落
  15. ロンドン 1696〜1727
  16. 169653歳造幣局の監事に(1699年に長官)①
  17. 170360歳王立協会の会長に(亡くなるまで)①
  18. 170461歳『光学』を出版①成果
  19. 170562歳アン女王からナイト爵を授かる①
  20. 171269歳ライプニッツとの微積分の争いが頂点に①対立
  21. 172784歳3月、ロンドンで死去①③

では、20代のニュートンは、光について何を見つけたのか?

WHAT | 達成した事起こし「白」の正体を暴いた3つの成果

実験:1666年のはじめから/発表:1672年

白い光は、曲がり方の違う色の光が混ざったもの

プリズムで縦長の色の帯に分かれ、レンズで集め直すと白に戻った②⑧。

色は、白い光が変えられて生まれる(デカルト)⑨
同じ論文(1672年)

1色だけ取り出すと、もうそれ以上は分かれない

色ごとの曲がり方は決まっている②⑧。

プリズムが光に色をつける
発見:1668年

鏡で像を結ぶ望遠鏡

レンズでは色がにじむ(色収差)ので、鏡を使った。これが評価され、1672年1月に王立協会フェローに②。

望遠鏡はレンズで作るもの(ガリレオの望遠鏡もレンズだった)

3つはばらばらに見えて、根は1つです。レンズを通すと色がにじむ。そのにじみを避けるために、ニュートンは鏡を使いました②。色を調べた実験が、そのまま道具の工夫になっています。

でも最初は、帯の形が「おかしい」だけでした。その場にいたら、あなたならどう動く?

道が A・B・C の三手に分かれる道標 A B C

CROSSROADS | 分かれ道壁の帯が「丸くない」。あなたがその部屋にいたら、どう動く?

1666年のはじめ。暗い部屋。丸い穴から入れた日の光が、プリズムを通って、壁の上で縦に5倍も伸びた色の帯になっている⑧。当時の有力な説では、色は白い光がプリズムを通るあいだに「変えられて」生まれるもの⑨。タップして、その先を見てください。

Aこれまでの説を、そのまま受け取るタップして、その先へ

行動 色はプリズムが光を変えて作ったもの。帯が伸びたのは、穴やプリズムの置き方のせいだろう、と考えて先へ進む

分かること当時いちばん有力な説の範囲で、目の前の色に説明がつく。デカルトの説は虹の角度まで計算で当てていたので⑩、それを信じるのは筋の通った判断です
見逃すこと「なぜ5倍なのか」という食い違いそのもの。観察で気づいたずれを、問いに変える前に手放すことになる
B道具と条件を疑って、試し直す(観察をくり返す)★ ニュートンが最初にしたことタップして、その先へ

行動 ガラスのむら、ガラスの厚さ、穴の大きさなど、「たまたま」の原因を1つずつ変えてみる

分かることずれが道具のせいなのか、光そのもののせいなのかを切り分けられる
見逃すこと試し直しだけでは、「では何が起きているのか」までは分からない

史実ニュートンはまず「ガラスのむらや、たまたまの不具合で色が広がったのでは」と疑いました。同じプリズムをもう1つ逆向きに置いて光を元の向きに戻す、ガラスの厚い所と薄い所に通す、窓の穴の大きさを変える。結果は「どれも関係なかった。色の形はどの場合も同じだった」。光の筋がテニスボールのように曲がって進むのでは、とも調べましたが、曲がりは見つかりませんでした⑧

C説のほうを変えて、それを試す実験を組む(仮説と実験)★ ニュートンが次にしたことタップして、その先へ

行動 「白い光は、曲がり方の違う光の混ぜもの」と仮に考え、それが正しいなら起きるはずのことを、実験で確かめる

分かること説によって結果が分かれる実験を組めれば、どちらがもっともらしいかを言い合うのではなく、実験で確かめられる
見逃すこと実験がうまくいっても、ほかの説がすべて消えたとは限らない(この点は、当時の批判者も突きました⑨)

史実ニュートンはこの道へ進みました。何を組んだかは HOW で⑧

+ 得たもの道具のせいではないと確かめたうえで、説を変える根拠を手に入れた
− 代償手順の書き方が足りず、論文はすぐ批判を浴びた⑨(DARK SIDE へ)

※ ニュートンは、B で「道具のせい」をつぶしてから、C に進みました。A を選んだとしても、それは当時の常識に照らせば自然な判断です。ただ、5倍のずれを問いに変えられるのは、B と C の手順を踏んだときなんです。

HOW | 泥沼の攻略法もしもニュートンが、1672年の論文を学会発表したら

ここからは、ニュートン本人の発表スライド――という設定でどうぞ。中身は1672年の手紙⑧と、その論文の解説⑨だけで組んでいます。

1672年 王立協会への手紙 アイザック・ニュートン

光と色についての新しい理論

⑧

当時の常識:色は光が「変えられて」生まれる

常識
  • 色は、白い光が物を通るあいだに変えられて生まれる(デカルト)⑨
  • 虹は、水滴の中の屈折と反射でできる(デカルト)⑩

観測① 暗い部屋とプリズム

観測
丸い穴の光が、プリズムを通ると、長さが幅の約5倍の縦長の帯になる図 入れた光:丸 長さ:幅の約5倍
  • 部屋を暗くし、板戸に小さな穴をあけ、日光をプリズムに通して壁に映した⑨
  • 丸い光から、縦長の色の帯ができた。長さは幅の約5倍⑧
  • 「あまりに釣り合わない」ことが、強い好奇心をかき立てた⑧

仮説(再構成)

仮説
  • もしどの色の光も、プリズムで同じだけ曲がるなら、丸い穴の光は丸く映るはず
  • もし色ごとに曲がり方が違うなら、色ごとに違う場所へ曲がり、帯は縦に伸びるはず
  • そしてもし白い光が「色の光の混ぜもの」なら、分けた色を集め直せば、白に戻るはず

観測② 決定実験

観測
決定実験の模式図:1つ目のプリズムで色の帯をつくり、穴のあいた板で1色だけ通して、2つ目のプリズムに通す。その色はもう分かれない 板1板21色のまま
  • 板を2枚立て、それぞれに小さな穴をあけた。1枚目で色の帯をつくり、2枚目の穴で1色だけを通す⑧⑨
  • その1色を、2つ目のプリズムに通した⑧
  • 色はもう分かれず、曲がり方はその色で決まっていた②

観測③ 集め直す

観測
プリズムで分けた色をレンズで1か所に集めると白に戻り、その先でまた色に分かれる模式図 レンズ集まった所:白
  • プリズムで分けたすべての色を、レンズで1か所に集めた⑧
  • 集まった所で、光は「まったく完全な白」に戻った。紙を前後に動かすと、色が集まって白に消え、交わったあと、また色に分かれていった⑧
  • レンズに入る前に1色でもさえぎると、白は別の色に変わった⑧

考察

考察
  • 分けられる。1色はそれ以上分かれない。集め直すと白に戻る。1色欠けると白でなくなる
  • 色はプリズムが作ったものではなく、白い光の中にもともと入っていた。プリズムは、それをより分けているだけ⑧

結論

結論
  • 白い光は、色の光の混ぜもの
  • ニュートン自身、「いちばん驚くべき合成は、白さの合成だった」と書いています⑧

― 質疑応答 ―

実験の手順が、論文だけでは追えないのですが。
質問1
アイザック・ニュートン
……それは認める。もっと細かく書くべきだった
その「決定実験」は、どの説とどの説を見分けたことになるのですか。
質問2
アイザック・ニュートン
色が光の性質か、プリズムが作るものか、だ
では、色に分かれる光そのものは、波ですか、粒ですか。
質問3
アイザック・ニュートン
光はまっすぐ進み、音のように物の陰へ回り込まない。だから波とは考えにくい。粒のほうがずっともっともらしい。ただ、まだどの実験も決着をつけていない

質疑応答の中身:フックの批判と細部を認めた手紙⑨、決定実験への批判⑨、波か粒か①⑨。

質問2は、当時の批判者たちが実際に突いた点です。どの2つの仮説を見分けたのかは、はっきりしないと言われました⑨。だからこそ、観測③の「集め直すと白に戻る」が効いてきます。

正しい実験でした。なのになぜ、光の本はなかなか出なかったのか?

DARK SIDE | 失敗と苦悩の記録最初の論文に、すぐ大物の批判が来た

  1. 16721月反射望遠鏡が評価され、王立協会フェローに②
  2. 16722月光と色の論文が載る。最初の科学論文②
  3. 1週間以内フックから最初の批判⑨
  4. 数か月後細部が足りなかったと認める手紙⑨
  5. 16762月5日フックへの手紙に「もし私が遠くを見ることができたのだとしたら、それは巨人の肩の上に乗っていたからだ」と書く㉑
  6. 17033月フックが死去⑪
  7. 1704『光学』を出版①⑪

言われていること「巨人の肩」は、先人への素直な感謝の言葉。

記録に残ることこの一文は、たしかにフックへの手紙にあります。ただ、感謝と読む説と、フックへの皮肉と読む説の両方があり、歴史家のあいだでも決着していません㉑。

ほとんど無名だった青年の最初の論文は、すぐに当時の大物の批判を浴びました⑨。ニュートンは細部の不足を認めつつも、光の研究を一冊の本にするのは、フックが亡くなった翌年まで待ちました①⑪。発見は正しくても、批判にどう向き合うかは、別の難しさだったんです。フックとの対立は、このあと重力をめぐってもう一度起こります(②のページ)。

それでも、この実験は何がそんなにすごかったのか?

WHY | なぜそれが凄かったのか答え:「分ける」と「戻す」の両方で確かめた

冒頭の問いへの答え

分けるだけでなく、取り出して確かめ、集め直して戻したからです。1色だけを取り出してもう一度プリズムに通すと、もう分かれない。分けた色をレンズで集めると、白に戻る。1色でも欠けると、白でなくなる。プリズムが色を「つけた」のなら、こうはなりません。色は、もとから白い光の中に入っていた。ニュートンは、どちらの説がもっともらしいかを言い合うのではなく、説によって結果が分かれる実験を、行きと帰りの両方向で組みました。

当時の常識・制約
ニュートンがしたこと
色は、白い光が変えられて生まれる⑨
1色だけ取り出し、2つ目のプリズムでも変わらないことを見せた②⑧
分かれて見えるのは、プリズムのせいかもしれない
分けた色をレンズで集め、白に戻ることを見せた⑧
丸い穴の光は、丸く映るのがふつう
縦長の帯の「釣り合わなさ(5倍)」を見逃さず、問いに変えた⑧
レンズの望遠鏡は、色がにじむ
色のにじみを避けるため、鏡で像を結んだ②

感心する前に、形を疑う。次に道具を疑う。それでも消えないずれが残ったときに、はじめて説を疑う。この順番を守ったから、ニュートンは「白は混ぜもの」と言い切れたんです。

― いまの私たちへ ―

技術1

「きれい」より「おかしい」を拾う

虹色に感心せず、形の違和感を問いに変えた。

ニュートン:◎
技術2

混ざっているものは、取り出して確かめ、戻して確かめる

1色だけ抜き出し、全部を集めて白に戻した。

ニュートン:◎

「全体の数字は悪くないのに、どこか形がおかしい」。そんな報告書を見たとき、平均の数字で納得していませんか。1つの顧客層、1つの店、1つの週だけを抜き出して見る。そして抜き出した部分を足し戻したとき、ちゃんと全体に戻るかを確かめる。ニュートンが暗い部屋でやったのは、たぶんそういうことなんです。

分かったこと、そして次の「分からない」
  • 分かったこと:白い光は、色の光の混ぜもの。色は、光がもともと持っている性質。
  • でも、分かったら次の謎が生まれた:では、その光の正体は何なのか? 波なのか、粒なのか。
年
誰が
何が分かったか
1690
ホイヘンス
光は、空間を満たすものを伝わる波だと説く。ただ、100年以上かえりみられなかった⑫
1801〜1803
ヤング
2つのすき間を通した光が、明暗の縞をつくる。波どうしが強め合い、打ち消し合う証拠だった⑬
1865
マクスウェル
電気と磁気の式から波を導くと、その速さが光の速さと一致した。光は電磁波だった⑭
1905
アインシュタイン
光の波は、エネルギーのかたまり(量子)でできている、と考えた⑨

波だと決まったはずの光が、今度はかたまりとしての顔を見せた。この謎から量子論が育ちます。量子論は実験とたいへんよく合い、いまの物理の柱になりました。それでも、それが世界について何を語っているのかについては、物理学者や哲学者のあいだで今も合意がありません⑮。光をめぐる問いは、ニュートンの時代から形を変えて、まだ続いているんです。

光の正体は、次の人たちに託されました。

本文の小さな丸数字は、下の番号に対応します。①〜⑦は3ページ共通です。トーク・スライド・質疑応答は出典の事実をもとにした再構成で、本人の発言の引用ではありません。

  1. ① Stanford Encyclopedia of Philosophy「Isaac Newton」https://plato.stanford.edu/entries/newton/(確認日 2026-09-28・2026-10-08)
  2. ② Royal Society Publishing「Newton shows the light: a commentary on Newton (1672)」https://royalsocietypublishing.org/rsta/article/373/2039/20140213/114844/Newton-shows-the-light-a-commentary-on-Newton-1672(確認日 2026-09-28)
  3. ③ The Renaissance Mathematicus「Calendrical confusion or just when did Newton die?」https://thonyc.wordpress.com/2015/03/20/calendrical-confusion-or-just-when-did-newton-die/(旧暦・新暦の確認。確認日 2026-09-30)
  4. ④ American Physical Society「Sir Isaac Newton's Principia」https://www.aps.org/apsnews/2000/07/isaac-newton-principia(確認日 2026-09-28)
  5. ⑤ The Newton Project「Newton: The Making of a Politician」https://www.newtonproject.ox.ac.uk/view/contexts/CNTX00002 / Encyclopaedia Britannica「Glorious Revolution summary」https://www.britannica.com/summary/Glorious-Revolution(確認日 2026-10-08)
  6. ⑥ The Newton Project「Chapter XVII」(ブルースターの伝記。1693年の不調)https://www.newtonproject.ox.ac.uk/view/texts/normalized/OTHE00078(確認日 2026-10-08)
  7. ⑦ Stanford Encyclopedia of Philosophy「William Whewell」https://plato.stanford.edu/entries/whewell/(確認日 2026-10-08)
  8. ⑧ The Newton Project「A Letter of Mr. Isaac Newton … containing his New Theory about Light and Colors」(1672年の手紙の本文)https://www.newtonproject.ox.ac.uk/view/texts/normalized/NATP00006(確認日 2026-10-08)
  9. ⑨ 「Newton shows the light」PubMed Central 版(2と同じ論文。本文の確認に使用)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4360081/(確認日 2026-10-08)
  10. ⑩ Stanford Encyclopedia of Philosophy「Descartes' Method」(虹の説明)https://plato.stanford.edu/entries/descartes-method/(確認日 2026-10-08)
  11. ⑪ Wikipedia「Opticks」https://en.wikipedia.org/wiki/Opticks(参考。出版を待った理由は解釈。確認日 2026-10-08)
  12. ⑫ Wikipedia「Treatise on Light」https://en.wikipedia.org/wiki/Treatise_on_Light(参考。確認日 2026-10-08)
  13. ⑬ Wikipedia「Young's interference experiment」https://en.wikipedia.org/wiki/Young's_interference_experiment(参考。確認日 2026-10-08)
  14. ⑭ Revista Mètode「Electromagnetic Unification」https://metode.org/issues/article-revistes/electromagnetic-unification.html(確認日 2026-10-08)
  15. ⑮ Stanford Encyclopedia of Philosophy「Philosophical Issues in Quantum Theory」https://plato.stanford.edu/entries/qt-issues/(2022-03-23 改訂。確認日 2026-10-08)
  16. ⑯ TOPCON STORY MEDIA「虹の色を7色とするのは日本だけ!?」https://www.topcon.co.jp/media/others/prism/(2024-04-10。確認日 2026-10-08)
  17. ⑰ Wikipedia「ROYGBIV」https://en.wikipedia.org/wiki/ROYGBIV(参考。ニュートンが5色から7色にしたこと。確認日 2026-10-08)
  18. ⑱ HyperPhysics(ジョージア州立大学)「Blue Sky and Rayleigh Scattering」http://hyperphysics.phy-astr.gsu.edu/hbase/atmos/blusky.html / Wikipedia「Rayleigh scattering」https://en.wikipedia.org/wiki/Rayleigh_scattering(年の確認・参考。確認日 2026-10-08)
  19. ⑲ Encyclopaedia Britannica「Great Plague of London」https://www.britannica.com/event/Great-Plague-of-London(検索結果の抜粋)/ Wikipedia「Great Fire of London」https://en.wikipedia.org/wiki/Great_Fire_of_London(参考。確認日 2026-10-08)
  20. ⑳ 内閣府 防災情報「災害教訓の継承に関する専門調査会報告書(1657 明暦江戸大火)」https://www.bousai.go.jp/kyoiku/kyokun/kyoukunnokeishou/rep/1657_meireki_edotaika/index.html(確認日 2026-10-08)
  21. ㉑ Wikipedia「Standing on the shoulders of giants」https://en.wikipedia.org/wiki/Standing_on_the_shoulders_of_giants(参考。解釈は諸説あり。確認日 2026-09-28)
  22. ㉒ コトバンク「洋書輸入の禁緩和」https://kotobank.jp/word/%E6%B4%8B%E6%9B%B8%E8%BC%B8%E5%85%A5%E3%81%AE%E7%A6%81%E7%B7%A9%E5%92%8C-2130192(確認日 2026-10-08)
  23. ㉓ MacTutor「James Clerk Maxwell (1831 - 1879)」https://mathshistory.st-andrews.ac.uk/Biographies/Maxwell/ / MacTutor 年代順索引(Albert Einstein 1879 - 1955)https://mathshistory.st-andrews.ac.uk/Biographies/chronological/(生没年。確認日 2026-10-08)

ニュートンはプリズムで何を発見した?

白い光は、曲がり方の違う色の光が混ざったものだ、ということです。1色だけを取り出してもう一度プリズムに通してもそれ以上は分かれず、分けた色をレンズで集め直すと白に戻ることを示しました。1672年に王立協会の雑誌に載った、彼の最初の科学論文です。

ニュートンの「光の分解」とは?

プリズムで白い光を、赤から紫までの色の帯(スペクトル)に分けることです。それまでは、色はプリズムなどを通るときに白い光が変えられて生まれる、と考えられていました。ニュートンは、色は光がもともと持っている性質で、プリズムはそれをより分けているだけだと主張しました。

ニュートンの光の研究から何を学べる?

「きれい」で終わらせず「形がおかしい」に引っかかること、そして混ざっているものを取り出して確かめ、戻して確かめることです。丸いはずの光が縦に伸びていた違和感から、説によって結果が分かれる実験を組み、分けると集めるの両方向で確かめました。


このクエストから得た武器を装備する

「混ざっているものは、取り出して確かめ、戻して確かめる」。
あなたの仕事で、平均や合計だけを見て納得している数字はありますか? どこを1つだけ抜き出して見ますか?