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偉人は、頼れるマブダチ

マリー・キュリー
#放射能#化学#物理学#ノーベル賞×2

マリー・キュリー

Marie Curie (1867年11月7日1934年7月4日)

放射能の女王 ☢️

ノーベル賞を2回もらった、史上最強のリケジョ!

📋 プロフィール

ポーランドからフランスに渡り、放射能の研究でノーベル物理学賞と化学賞をダブル受賞。「女性だから」と何度も壁にぶつかりながら、実力で全部ぶち壊した最強の先輩。

"Nothing in life is to be feared, it is only to be understood."

人生で恐れるべきものは何もない。あるのは、理解すべきことだけ。

マリー・キュリー

📖 まんがで読む偉人伝

マリー・キュリー物語

※ 史実に基づいていますが、演出上の脚色を含みます

第1話:秘密の授業1883年
第1話:秘密の授業
📖

「ポーランド語で科学を探究することが、なぜ犯罪なの?」

ヒソヒソ…

1883年、ポーランド・ワルシャワ——。当時ポーランドはロシアに支配され、ポーランド語の授業は禁止されていた。16歳のマリアは「移動大学」という秘密の地下組織で探究を続けていた。

第2話:パリへの片道切符1891年
第2話:パリへの片道切符
🚂

「お姉ちゃんの学費は私が稼ぐ。その代わり、次は私の番だからね!」

ガタンゴトン

姉ブロニスワヴァと約束を交わし、マリアは6年間も家庭教師として働いてお金を貯めた。24歳、ついにパリ行きの列車に乗り込む。4等車で40時間の旅!

第3話:最高の実験パートナー1895年
第3話:最高の実験パートナー
💍

「ピエール、あなたと一緒なら、世界の謎を全部解けそうな気がする!」

キュンッ

パリ大学で物理学者ピエール・キュリーと出会う。二人は研究の話で意気投合。結婚式のお祝い金で自転車を2台買って、新婚旅行はサイクリング。なんて二人だ!

第4話:光る元素を追いかけて1902年
第4話:光る元素を追いかけて
⚗️

「この鉱石には、まだ誰も見つけていない元素が隠れているはず……!」

ピカーッ!!

ボロボロの小屋を実験室にして、8トンもの鉱石を巨大な鍋で煮詰める日々。4年かけてたった0.1グラムの「ラジウム」を取り出した。暗闇で青白く光るその姿に、二人は息をのんだ。

第5話:ダブル受賞の衝撃1903年・1911年
第5話:ダブル受賞の衝撃
🏆

「私は女だからダメだって?……じゃあ実力で黙らせるまでです」

ドドーン!!

1903年、ノーベル物理学賞を受賞。最初は「女性だから」と候補から外されかけたけど、ピエールが「マリーも一緒じゃなきゃ受け取らない」と抗議。1911年には化学賞も受賞。2分野での受賞は史上初!

第6話:戦場を走るX線カー1914年
第6話:戦場を走るX線カー
🚑

「研究室にこもってる場合じゃない。今すぐ、この技術を使って命を救うの!」

ブロロロ!

第一次世界大戦が始まると、キュリーさんは自分でX線撮影装置を車に載せ、戦場へ。娘のイレーヌ(当時17歳)と一緒に、100万人以上の兵士をX線で診察した。科学は人を救うためにある——それがキュリーさんの信念だった。

🤯マジ?! 豆知識コーナー

1

ノーベル賞を2回もらったのは、歴史上キュリーさんが初めて!しかも物理学と化学の2分野!

2

新しい元素を2つも発見した。「ポロニウム」は祖国ポーランドから名付けた。

3

実験のためにボロボロの小屋で4年間、8トンもの鉱石をひたすら煮詰め続けた。

4

フランスの大学に女性として初めて入学。成績は学年トップ!

5

研究ノートは100年以上たった今でも放射能を出していて、鉛の箱に保管されている。

6

第一次世界大戦では自分でX線撮影車を作って戦場を走り回り、兵士の命を救った。

マリー・キュリーさんの物語、どうだった?
次はきみが実験する番だよ。